人はなぜ勉強をするのか ―定時制高校時代、独学での受験勉強を通して気づいたこと―
- 山本 遼

- 3 日前
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こんにちは。こまらん塾代表の山本です。
今回は「なぜ勉強するのか」というお話。
子どもの時からきっと一度は誰もが考えるであろう、悩ましいテーマですよね。
私は小学校6年生ごろから不登校になり、中学校時代は一度も授業に出席することのできないまま卒業。
高校も一度中退して、再入学した夜間定時制高校でリスタートを切りました。
夜間定時制1年の夏、私は「もっと勉強してみたい」という想いから受験勉強を決意。
当時は日東駒専やMARCHなんて夢のまた夢、だと思っていましたが、
3年後には駒澤大学文学部心理学科に合格して、進学。
受験勉強の最後まで、独学で進めることができました。
約5年間の勉強のブランクがあった私ゆえに、
人よりも「勉強の意義」を考える時間は多かったと思います。
そんななか、「人はなぜ勉強するのか」について、私が受験勉強を通して思ったこと。
それは「勉強は、社会で過ごしていくための練習である」ということ。
世の中には、好きなことをして働き、お金を稼いでいる人もいます。
でも、好きなこと「だけ」で生きていくことはできません。
そしてその好きなことをするには、
苦手なこと、不得意なことを学んだり、努力して身につけながら、
実践していく、ということが求められることもあります。
例えば私も、英語の塾を経営することや英語を教えることがしたい一方で、
「簿記の知識、触れたことなかったし得意ではないかもしれないけれど、仕事のためだからな」
「人を雇用するのであれば、雇用契約についてのコンプライアンスを順守できるよう、労働関係の法律知識もないと」
というように、「決して得意ではない分野」「これまで馴染みがなかったこと」にも取り組む必要があります。
これらのことは、どこか受験勉強に似ています。
「心理学科に行くためには、古文も受験科目にあるからやらなきゃいけないのか…」
「志望大学の中には英語の配点が高い大学もあるから、英語は毎日触れなければ・・・(当時は大の苦手でした)」
「心理学」という好きなことのために「古文」や「英語」といった苦手なことにも取り組まなければいけない。
これはまさに「勉強は、社会で過ごしていくための練習である」といえる所以です。
実は私、
大人になってから「なぜ勉強するのか」を考えたとき、
もう1つ理由を考えたのですが、
それはまた、べつの機会に。
英語の苦手克服にむけて、こまらん塾をぜひご利用ください。
東京・練馬区周辺にお住まいなら、こまらん家庭教師も。
それでは。


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